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ガクマン+「ロボ オオカミの王」後編




ガクマンプラス「ロボ オオカミの王」後編掲載号が発売になりました。


ちょっと誤植の訂正を。
ロボがシートンに捕まってぐるぐるに縛り上げられるシーンがありますが、そこで

「口を縛られると」
  が
「ロボが縛られると」

に誤植が打たれていて少し残念でした;。
「くち」は犬科の動物学的ににかなり重要な事で実は一番の急所なんだと思います。(動物全般かどうかはわかりませんが…)口が不自由になるのは、一切の自由を奪われる事で、その瞬間に全てをあきらめてしまうというか、本能的にフリーズをしてしまうのです。
自分が飼っている小型犬のミニチュアダックスフンドでさえも、それまで暴れ回って興奮していたのが、口輪をした瞬間にぴたりと動かなくなって性格がまるで変わってしまうんですね。その変わりぶりには驚くくらいで。その本能を利用してしつけも行なわれる事もあります。虐待ではなく興奮を止めると言う事で。
シートンは勿論それを知っていたということですよね。(カウボーイ達も知ってたと思いますが)だからこそ牙によって覇王になっていたロボが、それを奪われた瞬間に全ての機能を失ってしまったかのように無抵抗になるシーンに、大人になって読み返したとき一番泣けたんですね。なのでここは絶対描いておきたかったシーンだったので…残念。


以上、訂正でした。






この「ロボ」は狼が好きでずっと拘って描いて来た自分にはカリスマ作品でした。
最初に出会ったこのシートン先生の生き生きした動物達の物語はその後の自分達の動物好きの精神構造を形作って行ったとも感じる事があります。


長い年月それは自身の中に昇華されすっかり忘れていた事ですが、昨年シートン生誕150周年記念の展示が上野の科学博物館であり、その展示の予告に何かがビビッと来て、丁度「THE WILD LEG」を描いていて、そこに罠のとらばさみが出て来ますが、この罠をはじめて意識したというか頭に刷り込まれたのは多分このロボだと思います。
狼=とらばさみの図式が無意識のうちに刷り込まれているのでした。
それくらい悲しくも「自由を奪われるもの」の象徴がこの罠や鎖なので、痛い印象が残ったのでした。


狼を描くならまずこのロボをかいておかなないといけない気がしまして…。(大それた事ですが)

と思い小学館の学習誌が学年誌の後に創刊されていて編集さんもそのまま引き継ぐ事になった縁で企画提案させて頂いたんですね。
それが昨年の3月でした。
感性豊かな子供たちに野生動物や狼の魅力を伝えるのにぴったりだと思ったんですね。シートンも子供にそれを伝える事に情熱を注いでボーイスカウトを作りましたし…。
しかしだからと言って大人が子供向けの物語に変えてしまってはいけないんですね。
子供にもわかる、しかしその精神を伝えるのに漫画はいい媒体です。



先日NHK衛星第二でディズニー映画の「狼王ロボ」が放送になりましたね。
DVDにもなっていない作品だったのでなんかタイムリーで嬉しかったです。
子供向けのロボの着ぐるみ劇も舞台公演があります。
マスタング役に斎藤ヤスカくんw。ボウケンブラックですか!!!
童心社からもなんとシートンシリーズが刊行されるみたたみたいですね。
浪曲にもなったそうで…なんで今なのさw!




そして…描いてみて思ったのは、実は「楽しくない」というものでした^^。
それは当たり前の事です。
狼が死ぬ話が楽しい訳ありません。
でもあえて向き合ってみたことで動物に拘って来た自分にとって、これからその先の何かに進めたような気がします。

誇り高さは必ず滅びて行く歴史があります。

それをこの狼王ロボは最初に印象付けてくれた作品なのです。


私達は「二度と動物を殺さない」というフレーズが少し苦手です。すみません。
動物漫画を描いているからといってそこと直結している訳ではありません。
その言い方がどうしても都会的なニオイを感じてしまうのですね。
人は生きて行く為に多くの生命を糧に生きています。
自然と共に本当に生きている人達はその事をよく知っています。
言い方がなんか違うんですね。
自然に必要なのは調和やバランス。どっちかが悪で正という図式じゃない…。
その調和を壊される事で害が生まれる事なんだと思います。
野生動物を語る時に感傷的な語りがどうもしっくりこなくて…背中がぞりぞりしてしまう。(すごく大事な事だとはわかっているんですが…ごめんなさい)
なので自分達はネイティブな人達の思想に惚れるのです。
それはシートンがネイティブインディアンの友人でありそこから沢山学んでいた事にも共感する事でもあります。

シートンの物語を読んでまず思う事はその厳しさです。
自然や動物達は残虐で残酷です。そうなんですね。その目線が絶対ぶれない。
それは幼い頃から生涯を通じて膨大な時間野山を自分の足で歩き回って自分の目で見て確かめて来た動物たちの生態、インディアンの教えに学びそして自分で苦労して発見した知識に裏打ちされているものだからなのでしょう。
それを認めて自然の世界を尊んで好きになっているんだと思うんです。
だから自分はシートン先生派だったのかな…と思うのです。



この春アメリカに少し旅立って来ます。
久々にネイティブの聖地モンタナに行って参ります。






cetegory : 制作日記 ✤ - ✤ - ✤ -
2011年02月12日(土) 11:40 by Akira Himekawa [ Edit ]