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石ノ森萬画館リオープンと石巻

去年の東日本大震災で被災した宮城県石巻市の石ノ森萬画館
11月17日にリオープン!
ご招待を頂きまして式典に参加すべく北へ!
遅れましたがレポートします。
少し長くなりますが、よかったらお付き合い下さいませ。

私達は前日の16日の午後2時に名古屋を出発し、東海道新幹線、東北新幹線とJR(東北本線と石巻線)を乗り継いで夜9時半ごろ石巻駅に到着。仙石線が不通になっている箇所があるので行くのが大変、と聞いてましたが多少余計に時間がかかるくらいで、そんな大変なこともなく着きました*

その日は石巻グランドホテルに宿泊し、翌朝チェックアウトして荷物は預け、
いざいざ出発。

駅にはシージェッター海斗(石巻のご当地ヒーロー)の力強い「復興元年」!ののぼり。



またここに来れたんだ〜と じいいん(;_;)
以前はもと009FCの友達や樋口大輔さん達と、オープン翌年くらいだったかな…
訪れたことがありました。

駅周辺を見る限りでは、震災の跡は一見もう感じられません。



萬画館リオープンのポスターがそこかしこに。




中心地のシンボル。
津波でも流されなかった頼もしい009像。




駅から歩いて2〜3分ほどの所
ここまで津波が来たという表示です。




商店街を歩いてたら009スタンプラリーの景品交換所を発見!
時間が少なかったのでコンプリートは難しそうでしたが、いくつかでもスタンプ押したい、と用紙を頂きました(^0^)

景品交換所の向かいに001のスタンプあり。
さっそく押して次へ向かいます。



001のすぐ先に「シートン動物病院」なる獣医さんw
前にも通ったと思いますが、今年はシートンさんのお仕事を3本もやったので個人的に驚いたり…
そこにいるのはさるとびエッちゃん。
エッちゃんは動物と会話が出来るんですよ〜〜。だからここにいるのですね。
小学生の頃エッちゃんには憧れたものです。大好きでした。
ど〜してエッちゃん♪

次の006ポイントを捜しましたが見つからず、007のポイントで沢山の用紙にスタンプを押している二人組の方に「張々湖押しました?」と聞いたら「これから行きます」とのことで、後ろから付いて行く事にw
さっきウロウロして通り過ぎた箇所の奥まった所にようやく張々湖を発見ww

順番待ってスタンプを押してふと見上げると、そこは写真館でした。
中を見ると震災当時の写真がずらりと展示されています。
入ろうかと思った時に
うしろから年配のおじさまに「写真を撮らせてくれませんか?」と声を掛けられました。
私達の写真ですか??
「この傘と帽子とカバンの色の組み合わせがいいなあと思って」
おじさまに「私達石ノ森先生の漫画が大好きで漫画家になったんです」と話したら、
「あ〜漫画家さんなんだ!どうりで(色が)」
そう言って頂くと照れますが嬉しい。色には日々常々こだわっております故w
写真館は萬画館の近くにあります。その入り口の「絆」の看板の前でパチリ。
名刺をお渡しして、リオープンの式典の後で是非また来ます、と話していざ萬画館へ。
このとき何だか不思議な気がして、必ず帰りに又寄らなければならない気がしました。
式典の時間までもうすぐです。


出ました萬画館、またの名を宇宙船。またはギルモア研究所。
川の中州に建っています。

みなさんご存知だと思いますが萬画館は3.11の津波で甚大な被害を受けました。
震災当初から石巻市と萬画館が心配で、無事を確かめようにもどこにも情報が出ないし、
TVのニュースでも全く何も言わないし、映らないし、
あの時お会いしたスタッフの方やまちづくりまんぼうの方達は無事だろうか、萬画館は津波で流されてしまったんだろうかと、毎日ネットを徘徊して、本当に気が気でなりませんでした。ツイッターで「萬画館は無事です」と流れた時は本当に嬉しかった。

一時は40名ほどの方の避難所になっていたと聞きました。
一階を埋め尽くした泥はどんなにかき出しても無くならず、
床が出て来るまでになんと16日間かかったそうです。
復旧までの道のりは萬画館のブログでぜひお読み下さい。


橋を渡って対岸を見て一枚。

この日はあいにくの雨模様。
でもすでに人が沢山集まっておりました。
館への道の間に例のメッセージ入りのベニヤ板がびっしりです。

そしてお祝いのお花が沢山。
やなせたかし先生、ちばてつや先生、水島新司先生のお花。

角川書店井上社長、手塚プロダクション、
タッキー滝沢秀明さん、水木一郎アニキ、もうほんとうに沢山のお花が。

私達は招待席のテントに入りました。
座った所を串田アキラさんが通り過ぎたり、うはああw

お隣が高井研一郎先生でした。すこしだけご挨拶を。
その向こうは鈴木伸一先生。
前の席には一峰大二先生が…;なんでこんな先生方と近くに座っているのやら。
いきなり緊張して汗が出て来ました;;;;


午後一時、式典が始まりました。
司会進行はラジオ石巻のパーソナリティさん。
外には雨ざらしの中で沢山の一般の人達が見守っています。
テントの中ですみません;


石巻亀山市長さんのご挨拶。
「とにかく、なにがなんでも萬画館を早くオープンさせ、
石巻の復興のシンボルにしたい。
沢山の人にここを訪れてほしい。
復旧までに日本中、世界中から頂いたご支援に深く感謝いたします」
市長さんの強い願いを感じました。

里中満智子先生が「一階の窓を一時的に塞いだベニヤに日本中から来たみなさんがメッセージを残して下さって、それが一番嬉しかったですね」
本当にしみじみ、語られました。みんな本当にじいん、と来ていたと思います。


スタッフのみなさんから感謝のご挨拶が。
でも萬画館をここまで元通りにして下さって、こちらがお礼を言いたいです…
本当にお疲れ様でした。有り難うございました!!


このころには雨が上がり、前のテントが片付けられ…

「ゲストの方の登場です!!」
仮面ライダーガールズさん!
一曲歌って下さいました。
咲いた〜♪
メロディと歌詞がまだ耳に残ってます^^




そして、野村のよっちゃん!
「次はメンバーを連れて来ます」
うわあ、よっちゃんのギター聴きたかった。

そしてそして…
「スペシャルなゲストの方がかけつけて下さいました!
仮面ライダー1号で〜〜す!!」


おおお〜〜!
いきなり報道陣の皆さん前へ!
わらわら。

「仮面ライダー電王! 仮面ライダーフォーゼ! 仮面ライダーウィザード!
イナズマン! シージェッター海斗! そしてロボコンで〜す!」

石ノ森ヒーローがリオープンにかけつけました!
ヒーローの名前が呼ばれると子どもの驚きの声がもれるのが嬉しい。

あれよあれよと言う間に人垣が…
ああもうなんにも見えないよ〜
もうみんなで前に行ってしまえー!



「では、テープカットにまいりたいと思います!」
え?どこでテープカット?



押すな、おい、押すなよー!ギュウギュウ

もうすんごい人w



「おい、息子、お前が写真に撮れ、まかせたぞ!」
「とうちゃん、ライダー撮ったよ〜」


その時左を見たら仕掛け時計が出て来ました。

「萬画館、リオープ〜〜ン!」
パアン!!!
紙吹雪〜〜〜〜〜…の瞬間を撮りそこねた図…↓



ここで解散になって、009FCの会長木下さんと再会。
お久し振りです〜。
公開中の映画「RE:CYBORG」の話でファンとして盛り上がりましたよ!

そして石森プロの早瀬さんにご挨拶しました。
早瀬さんは〆切明けでほとんど徹夜で来られたよう…。
みなさんご苦労様です。




式典の後、復興マルシェを少し覗いて来ました。


見学のバスの時間があったので中に入れませんでしたが…
おいしそうなものが一杯…
あ〜なんか食べて行きたい。



バスの出発の前に私達の「ゼルダ」のファンの方が萬画館の前で手紙を持って
ずっと待っていてくれて、少し時間があったのでバスを降りて会いに行き、
手紙を受け取り、すっかり読み込んだ感の「オカリナ」の下巻にサインをしました^^ 
ここが地元だそうで、萬画館の前で会えるなんてすごいですね。


そしてマイクロバスに乗り込んで、事前に申し込んでいた被災地見学へ出発。
石巻の有志の方達によるボランティアガイド付きのバスです。

中心地を通って、バスは海の方へ向かいます。


ここから先は被災した現地の写真が続きます。
震災当時は来られなく、今になってこうした形でやって来た私達が被災地をレポートをしてもいいんだろうか、という気がかりが常にあって気持ちが揺れましたが、
石巻在住の漫画家さんのツイートで
「萬画館は戻ったけれど周りはまだまだ。ここに来た人は周りの事もぜひ伝えて欲しい」という声を聞きまして、
そしてのちほど出て来ますが、先ほどの写真館のおじさまからも強い要望がありまして、レポートさせて頂きます。
どうかご了承下さい。





工場地帯。この辺りは全ての工場が被災しています。
向こうに穴の開いたままの工場も見えます。



ボランティアの方が丁寧に説明して下さいます。

当時石森プロさんのツイッターでもよく流れて来ましたが、
街中のモニュメントは津波で一つも流されずに残り、
なぜか海斗だけ流されたそうですが、萬画館の中に腕がもげたちょっと痛々しい海斗が
展示されておりました。きっと海に一発かましに行ったのです。

市街地の中も「震災当時は全て瓦礫で埋まって、歩けませんでした」と。
今はもう綺麗に普通になっていて、その時の事がなかなかリアルに想像がつきません。

私達は被災した地に足を踏み入れるのは初めてです。
(バスに乗り込んだ人達もみんなそうでした)
去年からずっと行きたい、行かねばと思っていて中々実現せず、
心の中にずっと引っかかっていて、被災地の見学はぜひにと申し込みました。
バスの窓からの写真ですがご容赦を。




粉砕した瓦礫の山です。
こういう集積所が市内に20何カ所あるそうです。

ところどころに煙突が出ているのは、煙を逃がす為。
瓦礫の中でガスが発生して煙が出ます。
もう、これは、2002年に「ぼくらの翼」で描いたフィリピンの
「スモーキーマウンテン」そのものです。


通りの横に小学生達が描いた復興を願う絵がずらり。
色がきれいなものと、色がないものと…色々ですね。



ここではないですが、巨大な製紙工場を通り過ぎました。
工場から巨大な紙のロールがいくつも流されていくのをニュースで見ましたよ。
それで紙が足りなくなって雑誌がいくつも発行延期したり、
週間少年ジャンプもヤンジャンもお休みしたんですよね。
そういえばコミックジーンも創刊が延びました。
東北は日本の工場、そこが稼働しないことで日本全体に出る影響を震災が示しました。

今は立て直されている工場がたくさんあります。
みなさん復興に頑張っておられます。
しかしまだ当時のままの壊れた建物もあります。
その多くは取り壊され、震災当時の面影が徐々に消えつつあります。



海の色がなんだか怖い
私も海が見える所に住んでいます。
東南海地震の話もリアルですから他人事(ひとごと)ではありません。



まだまだこういう瓦礫が沢山残っています。


もう住めなくなったお宅です。


このあたりは震災前はすべて住宅地でした。
当時は想像を絶する状況だったと思います。
今野原になっている所は全て流されたか、建物が取り壊された跡です。




ふたたび瓦礫


道路の工事中。
地盤が1メートル沈下したので道路を上げる工事が行われています。



津波で流された車の山がまだ積み上がっています。




このマンションは2階部分まで津波が来たのでしょう。



このお宅もじき取り壊されるのでしょうか。


門脇小学校に着きました。
TVで繰り返し映った被害のひどかった学校です。


近くの住宅のプロパンガスが爆発して火災が起こり、
その家が波に流され、車も火がついたまま流され、広範囲に火災が発生し、
それらが学校にドオーン、ドオーン、と夜中に何度もぶつかる音がして、
学校の上のお宅に住んでる人達は「次はここに火が来るか」と生きた心地がしなかったそうです。消防も手がつけられず、自然消火を待つしか無いと。
それはもう、この世の地獄の様な光景だったと思われます。
具体的な数は覚えられませんでしたが、ここで沢山の人が亡くなりました。

津波は一波だけでなく二波、三波、五波と繰り返し押し寄せ、
一波が引いた後に様子を見に家に戻った多くの人達が
その後の波にさらわれれてしまったそうです。



みなで黙祷して手を合わせました。

「明るいニュースもあって、震災から九日目におばあさんとお孫さんが救出されました」
家の中に閉じ込められて冷蔵庫のものを食べてしのいだっていう。
そのニュースはTVで何度も見ました。よくおぼえてます!日本中首っ引きでしたね。
おばあさんが救出された時の写真を見せて頂きました。

近くに幼稚園がありました。
先生が残った児童を二階に上げましたがそこにも波が来て、必死に屋上へ逃がして、
なんとかそこで命をつなぎましたが一晩屋上で我慢をし、その後一枚だけ濡れていない運動用のマットを見つけて、そこでみんなで身を寄せ合っていたそうです。
地震の後に雪が降って来て、大変な寒さだったと。
(報道もあって寒さは大変気がかりでした)クリスマス用の服に着替えさせたりして、先生達がなんとか児童を守りました。
ほかにも、学校の2階から教壇用の重い机を足場にして外に脱出したお話や、

葬儀屋さんから亡くなった人に着せる白装束を引っ張り出して、全身びしょぬれで避難したみんなでそれに着替えて震えていたそうで「今だから笑って話せますけどね」と苦笑してお話されてましたが、その時はほんとに笑うどころじゃなかったでしょう。

海岸付近はいずれ公園になるそうです。
行政から、ここから先は家を建てても良い、という土地になっているけれど、
でも建てる人がいないんですよね…とのこと。
この光景の中で、今家を建てようと考える人がいないのは、
それは…そうだと思います。
ガイドの女性の方は明るく淡々と説明して下さります。
石巻のみなさん、決してしけた顔をされないんですよね。
みんな力強く明るいです。
そこまでになるのにどれだけ大変な思いをされたのでしょうか。

ほかにも書ききれませんが、いろいろなお話を聞きました。

しかし、石巻はこのあたりで一番ひどい被害を受けながら、
復旧したのは一番早かったんだそうです。




見学ルートが終わったので、萬画館で降ろしてもらいました。
今日は6時まで無料開放されています。
ちょっと入って見て行きたい。
さっきはものすごい人でしたが、どうやら落ち着いたみたいです。


海斗と一緒に写真を撮るチビッコ。お父さんともパシャリ。




さっきこの下でテープカットあったんですね。
ゼロゼロナンバーのシルエットカッコイイ。ぐっすん。



入り口入った所にポスター。
石ノ森先生の「今こそみんながひとつになる時」


一階の物販フロアー、大変な活気。

館をぐるりと囲むくらいグッズを買う人達の行列が!
みんな両手に石森グッズを一杯抱えています。
私も欲しかったのだけれど時間がなくて断念しました。
次来た時買おう。



窓の外を見たら、ヒーローの握手会が長蛇の列!


うわ〜遠目で見てるこっちまで嬉しいよ。



萬画館の常設展を見るのはひさしぶり〜


サイクロン号に乗る!


江戸ストリート

「今日は外がずいぶんとにぎやかだなあ市やん」
「そうだねえ佐武やん」
イイね〜この雰囲気。


みんなを守るライダー1号。


仕掛け時計が収納されてます。
ここから下へと出動しますw



出口で青いコスチュームのフランソワーズさんをパシャリ☆



赤いコスチュームのフランソワーズさんも♡
みなさん本当に笑顔が素敵です!

外に出る頃、また本格的に雨が降り出しました。
握手会も終わったみたいです。
祝賀会の時間が迫っていましたが、写真館のおじさまが気になりそちらに向かいます。
入ってみるといらっしゃって、名刺から私達の事はもう調査ずみ(笑)
にこやかに迎えて下さいました。

その方は阿部美津夫さんという、現在も仮設住宅で暮らすフォトグラファーでした。
震災で娘さんとお孫さんを亡くされたそうです。
阿部さんが丁度震災の写真展を開催されていた所だったのでした。
実はやはりあまりにも市民の皆さんの心の傷が深くて、まだ思い出したくないから、とこうした写真を展示する事すら気を遣ってなかなか出来なかったと仰っていました。
ここも11月にオープンしたばかりだそうです。

震災当時から写真を取り続けました。
そのほとんどはモノクロ写真でした。ガレキ、車、建物、すべて破壊された街。
阿部さんは「美しい色を表現した自然風景」を撮るのがとても上手い写真家でしたが、震災後ご自身の中で「色」を失ってしまったそうです。
その話は自分には最も痛く悲しいお話でした。
私も「色」に対する思い入れが強く、その感性を失うというのはアーチストにとってどれだけショックな事だったか想像してしまうのです。
そして「つい最近「色」が戻って来たんだ」と言われて、見せて下さった写真は、
青に染まる木々。その色の美しさは言葉では簡単に言い表せません。
ブルーからグリーンへ。ターコイズに輝く木々。
東山魁夷の絵のような森の風景でした。
この色は自分のマイフェーバリット色です。

阿部さんの目には強い光がありました。
それは優しさと同時に怒りのような。
実は阿部さんは震災当時の状況を伝えるべく、長崎からずっと講演して来たそうです。
しかしその中で心ない裏切りや信じられない事に合われて人間不信になったと言われました。
震災直後は皆がいい事を言う。しかし日が経つにつれ講演も自腹で来て欲しいとか、いざその時になるとキャンセルをしてくる所とか…。
仮設住宅にいる自分のどこにそんなお金があるのか…。

写真家として伝えたくてもなかなか難しい現実。
その「時」を伝え続ける事を使命とされていて、私達にもとにかく「伝えて欲しい」と言われました。
「貴方達が帰ってこれを伝えてくれたら、わたしはそこに足を運んで講演に赴かなくて済むんですよ」と、笑いながらも強い意志と憤りの気持ちを持っておっしゃっていました。

阿部さんはたしかもう70歳過ぎ。

たまたま私達を撮りたいと声をかけて下さった事がきっかけですが
これはきちんとお伝えせねばと思った次第です。

もう綺麗に整備されていた被災地を回って来て、想像力で当時の様子を補うには限界がありましたが、ここの写真館の写真でつい先程見て来た土地に、重なって写真が見え、
頭の中でピンとくっついたというか、そのときのリアリティが伝わりました。

そして震災の次の日に撮ったという青空も。
自然は惨い事、恐ろしい事をする、けど次の日にはこんな美しい蒼い空も見せる。
それが自然なんだ、というメッセージが強く心に残る写真でした。

さっき見たばかりの門脇小学校の写真もあり、
「今はもう汚れが雨で流れてるでしょ(当時は焼けこげたススで真っ黒だった)それは、だんだん風化しているという事なんだよ」
世の中では震災のことが徐々に風化して薄れてしまっている。
まだ住まいは仮設で、復興はまだまだなのに。

この写真館は「石巻NEWSe’e」というギャラリーです。

祝賀会の時間が迫っている事を逆に気にして下さり、おいとましました。
前来た時も思った事ですが、石巻の方はとても気が利いて、人に対して気持ちが優しい方が多いと思います。




五時半から祝賀会があり、
石巻グランドホテルに戻りました。
立食のブッフェ形式かと思ったらテーブルが用意された、まるで披露宴のようなりっぱなパーティでした。ここでなぜか天神英貴さんと同じテーブルにw
その前から、なぜかある事に天神さんとご一緒する機会があるのですが、
お互い「なぜでしょうねw」天神さんは奥さんとお子さんと3人でみえてました。

食事しながら何人もの方のスピーチが。
山田ゴロ先生は「もと応援団でしたので」という力強い一声!



井上和彦さんのスピーチです。

「式典の後、喫茶店でお茶していたら『萬画館が再開して石巻が元気になったね!』という声を何回か聞きました。ここにお住まいの方がそう言っているのだから、きっとそうなのでしょう」その声を聞く嬉しさ、ほっとした気持ち。
萬画館は単に石ノ森ファン、マンガファンのためのものではなく、
石巻の復興のシンボルとして、市民に近しく思われ、愛されるスポットであってほしいと、私達は心から願っています。

式典があったあと、ツイッターを通じて石巻在住や出身の私達の読者の方から、
いずれも再オープンした喜びと、子どもの頃何度も行った萬画館が復旧して嬉しい、
というメッセージを頂きましたが、石ノ森ファンとしてもとても嬉しく思います。



式典でお会いした海山幸さんと、祝賀会でも一緒のテーブルでした^^
仙台に在住の漫画家さんです。
海山さんが漫画を描かれた冊子を頂きました。
海山さんは朝日小学生新聞で、私達が「ユアナ」を描いていた時、同時に漫画を描かれていました。「見習い魔女マフィン」よくおぼえていますよ!
お会いするのは初めてでした。これを機会によろしくお願いします*

明日が海外フェスタなので、後ろ髪引かれながら祝賀会を早退し、足早に駅へと…
行きと同じJRで仙台〜新幹線へ乗り込み…
夜の10時すぎに東京へ着きました。


最後に少し石巻市のPRを!
萬画館でもらって来たチラシです。
(↑画像にリンクあり)
海産物がほんと〜〜に美味しいのです。
前に来た時あふれそうなウニ丼を食べましたが
あのウニの美味しさが今も忘れられない…^^

今回は海の幸をいただき損ねたので、次回にとっておきます!

(↑画像にリンクあり)
商品の購入がなによりの復興支援!
私もホテルでいろいろと買いました。
お世辞抜きでどれも美味しいのだよ♡


あ、萬画館は常設展が来年の3月23日にリニューアル予定だそうです。
2013年2月12日(火)〜3月22日(金)までリニューアル工事のために一時休館し、
3月23(土)に再オープン。
『本来ならば展示リニューアル工事も終えて開館したかったのですが、被災地の現状を考え一日も早く開館することを優先しました。開館後すぐに一時閉館することになってしまいますが、来年3月23日にはパワーアップした萬画館となりますので、どうぞ楽しみにしていて下さい!!』(チラシより)

逆に言うと今の常設を見る猶予が少し出来たという事です。
私はもう一度見れてヨカッタですw

リニューアルの時はまた遊びに行きます♬楽しみ(*^^*)



みなさんでじゃんじゃん東北に、石巻に、観光に行きましょう!

最後になりましたが、交通や宿泊の事で便宜をはかって下さった萬画館の木村さん、
色々有り難うございました!お世話になりました。



ここまで長い記事におつきあい下さった貴方にも、有り難うございました!

cetegory : 漫画全般 ✤ - ✤ - ✤ -
2012年11月25日(日) 13:07 by Akira Himekawa [ Edit ]